今回の講座では、長年フラメンコ研究に携わりる濱田吾愛先生が、日本にフラメンコが受け入れられていった“はじまり”を、当時来日したスペイン人アルティスタを挙げながら解説してくださいました。
第一回の講座を、先生のお話に私(ホセ三浦)が調べたことを補足しつつまとめてみました。
日本のフラメンコ創生期に関与したスペイン人アーティストたち
日本人がフラメンコを深く愛していることは、いまやスペインでもよく知られています。その “源流” をたどると、約100年前の昭和初期に日本で起きたスペイン舞踊の大ブームに行き着きます。
この時代、スペインから多くの舞踊家や音楽家が来日し、日本の観客に強烈な衝撃を与えました。彼らがまいた種が、のちに日本のフラメンコ文化へとつながる大きな流れとなっていきます。
“La Argentina/ラ・アルヘンティーナ”

1929年(昭和4年)に来日した、スペイン舞踊家 “La Argentina/ラ・アルヘンティーナ”(本名:Antonia Mercé y Luque/アントニア・メルセ) 。
ラ・アルヘンティーナは当時の日本に、まさに“本物のスペイン舞踊”をもたらした存在でした。
力強さと繊細さを兼ね備えた彼女の舞台は、日本の舞踊界に新しい扉を開き、多くの観客を魅了しました。
今回の講座では、彼女が1930年に録音した 《センチメンタルなアンダルシア女(Mujer Andaluza Sentimental)》 をCD音源で鑑賞。
その豊かな感情表現と独自のリズム感は、会場の空気を一瞬で変えるほどの説得力があり、日本における“スペインの踊り”のイメージを刷新したであろう力を実感する時間となりました。
彼女の表現は「スペインの踊りとはこんなにも深く芸術的なのか」という衝撃を日本にもたらし、
後のフラメンコ受容の土壌を準備した重要な存在であったことは間違いありません。
アルヘンティニータ

アルヘンティニータ(本名:Encarnación López Júlvez)は、20世紀前半のスペイン文化を語るうえで欠かすことのできない、舞踊家・歌手・俳優・芸術家たちの中心にいた存在です。
彼女は詩人の フェデリコ・ガルシーア・ロルカと深い交流を持ち、スペイン芸術のエッセンスを体現する総合的な舞台人だったようです。
今回の講座では、ロルカのピアノ伴奏とアルヘンティニータの歌声で録音されたソロンゴを聞きました。
現在でも“スペインの原風景”を知る貴重な資料となっており、これらは後のフラメンコ舞踊家たちにも強い影響を与えたと思われます。
ロルカについて

ロルカこと フェデリコ・ガルシーア・ロルカ は、スペインを代表する詩人であり劇作家で、同時に「音楽と言葉の境界を自由に行き来したアーティスト」でした。
アンダルシアの民謡やジプシー文化を深く愛し、その精神世界を詩や戯曲に昇華した存在です。
1931年には、舞踊家 アルヘンティニータ と共に『スペイン民謡集』の録音 を制作しました。
ロルカ自身がピアノを弾き、アルヘンティニータが歌うその名録音は、アンダルシアの素朴な歌を洗練された芸術へと昇華した歴史的な作品として知られ、講演で聴いた「ソロンゴ」をはじめ、多くの曲が今も愛されています。
しかしこの録音からわずか5年後の1936年、スペイン内戦の混乱の中でロルカはグラナダ近郊で処刑され、その豊かな才能は突然断たれてしまいました。
彼の死はスペイン文化にとって大きな損失となりましたが、残された作品──詩、戯曲、そしてこのアルヘンティニータとの録音──は、今もスペイン芸術の核心として輝き続けています。
ロルカの詩には、アンダルシアの光と影、ヒターノ文化の悲哀、美しさ、そして抗いがたい情熱が息づいています。その世界観を知ることは、フラメンコを深く理解するためのひとつの大きな入口となるでしょう。
ソロンゴ(Zorongo)について
「ソロンゴ(Zorongo)」 は、
フラメンコとアンダルシア民謡のあいだに位置するアラブ風の旋法が残り、哀愁と陶酔感のある曲です。
ロルカとアルヘンティニータの録音によって世界的に知られました。
歌詞に出てくるのは、恋の痛み、夜、女の強さといったアンダルシア民謡らしいテーマ。
Tengo los ojos azules,
y el corazoncito igual…
(わたしの瞳は青く、
その小さな心も同じ色…)
カルロス・モントージャ(Carlos Montoya)

カルロス・モントージャ(Carlos Montoya) は、20世紀フラメンコ史に大きな足跡を残した “ステージ派フラメンコギター” の先駆者 です。舞踊伴奏だけでなく、ギタリスト自身が前面に出て演奏するスタイルを確立し、
後の サビーカス(Sabicas) やパコ・デ・ルシア(Paco de Lucía) にも大きな影響を与えました。
1930年代、モントージャはアルヘンティニータ(La Argentinita)の舞踊団の伴奏を務め、
ロルカの民謡編曲作品 を含むレパートリーを各地で披露。このツアーによって、ロルカ民謡はさらに広く知られるようになりました。
今回の講座の中で、濱田先生のお父様、濱田滋郎先生がカルロスの録音に立ち会われた際、彼はレコード全曲を曲間も休憩せず一気に弾き通し、1テイクで済ませた。という逸話を伺いました。
グラン・アントニオ(アントニオ・ソレール/El Bailarín)

グラン・アントニオ(Antonio Soler, El Bailarín) は、アントニオ・ガデスらに先駆けて活躍した舞踊家兼振付家で、男性舞踊手として70年代に2度にわたって来日、日本にあらためてスペイン舞踊の魅力を伝えました。本格的なフラメンコやスペイン舞踊を日本に紹介した先駆者です。
「El Bailarín(踊り手)」の名でも知られ、舞台での存在感と技術の高さで観客を魅了しました。
「映画 Duende y Misterio del Flamenco について」
1952年に公開された映画 『Duende y Misterio del Flamenco(フラメンコの魔性と神秘)』 は、
スペインにおけるフラメンコの姿を視覚的に捉えた、歴史的にも非常に重要な作品です。
監督は エドガル・ネヴィル(Edgar Neville)。
当時の歌い手・踊り手・ギタリストが多数出演し、20世紀半ばのフラメンコの“生きた記録”と呼ばれています。
✦ 映画の中のグラン・アントニオ
この映画には グラン・アントニオ も出演しており、「男性舞踊の美しさ」を象徴する彼の堂々とした舞踊を見ることができます。
- 力強くも気品ある身体の軸
- 長身を活かしたラインの美しさ
- 一歩踏み込むだけで舞台を“支配”する存在感
が素晴らしいと思いました。
彼の映像資料が少ない中、この映画は“動くアントニオ”を観られる貴重な記録になっています。
「Tango del Piyayo(タンゴ・デ・ピジャージョ)」
「Tango del Piyayo」 は、マラガの下町に実在した男“ピジャージョ”を題材にした曲で、
語り物的で、社会の影や人間の哀愁を映した特別な形のタンゴですね。
今回の講座では、
グラン・アントニオ(Antonio Soler, “El Bailarín”) と
ギタリスト チャノ・ロバート(Chano Lobato) による録音を鑑賞しました。
チャノ・ロバート特有の軽やかで人懐っこいカンテがピジャーヨの“人間くささ”と街の空気を彷彿とさせる名演です。
「Tango de Piyayo」についてはTango de Malaga にもつながることから今後是非この講座で取り上げていただきたいテーマです。
アントニオ・ガデス(Antonio Gades)

アントニオ・ガデス(1936–2004) は、20世紀後半のフラメンコ界を代表するダンサー兼振付家で、
スペイン舞踊の革新者として知られています。
彼の舞踊は、伝統的なフラメンコのリズムや姿勢を尊重しつつ、現代舞台芸術として再構築する点が特徴です。
✦ 舞踊スタイルの特徴
- 強い身体表現と明快なリズム感
- シンプルながら力強い動きで、感情の機微を表現
- 空間の使い方に独自性があり、群舞でも個人の存在感が際立つ
✦ 日本への影響
- 1980年代以降、来日公演を通して日本のフラメンコ界に大きな影響
- 伝統と創造性の融合を示し、多くのダンサーや研究者に刺激を与える
- 舞踊の“物語性”や“演劇性”を取り入れることで、観客に新たな理解を促す
✦ 主な代表作
- Bodas de Sangre(血の婚礼)
- Carmen(カルメン)
- El Amor Brujo(呪われた愛)
ラファエルロメーロ(Rafael Romero)

1955年初来日。先生のお父様、濱田滋郎先生が当時20歳台であられたころ、「日本にカンテの衝撃が走った」と感じられたそうです。その後1988年濱田滋郎先生のご尽力で再来日。
今回の講座ではギタリスト、ペリーコ一世の録音「ペリーコのアンソロジー」を聴きました。その中でカーニャについては1940年代にまだ「フラメンコ」という言葉がなかったころに、エステバネス・カルデロンのエッセイで、セビージャ・トゥリアーナ地区でカーニャが躍られる描写がされていること。またアルボレアレスについて、ヒターノの民族性について説明がありました。
まとめ
至らぬ点も多々ありましたが皆様のおかげで、当スタジオではじめて濱田吾愛先生をお迎えして「フラメンコ学」の講座を開くことができました。ありがとうございました。吾愛先生と神楽坂の喫茶店で打ち合わせをしたときはいろいろなアイディアが浮かんでしまってテーマが大きくなってしまったと反省しています。もしこの講座を定例化することができましたならば、毎回テーマを絞って深堀りをお願いしたいと思っています。
私のなかの妄想ですが、例えば・・・
- ロルカ
- ソロンゴやカーニャなどの個別曲の深堀り
- ヒターノ
- エステバネスカルデロンのエッセイ「アンダルシアの情景」 などなど・・・
こんなにも私たちのここを鷲掴みにしてしまったフラメンコとは何なのか?今後も皆様と探求して行きたいと思います。ご希望ご意見いただければ幸いです。
濱田吾愛先生フラメンコ学講座は・・・
今回の講座をきっかけに、フラメンコの歴史や文化をさらに深く学びたいという声を多くいただいています。
濱田吾愛先生による「フラメンコ学講座」は、今後も継続して開催していく予定です。
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